【短編】記憶の香り
 声が聞こえてきた方に顔を向けるとき、どこか懐かしさを感じた。



 あぁ、思えば初めてユリと出会ったのもここだったな。

 もっとも、ユリと初めて話した時は俺の方から話しかけたのだったが……。



「この店、初めて?
見ない顔だ」

「うん。初めてだよ」

 この店で、久々に常連客以外の顔を見た気がする。少しユリに似ているような気がして、ドキッとしたが、本人とは全く別人の顔だった。

「そっか。なら、今日は君がおごられる立場だ。ここの決まりではね」

 昔からこの店では、新顔が来ると常連が一杯ずつおごるという暗黙の了解がある。

 俺はそれに従い、彼女に酒をおごった。

 彼女のありがとうの言葉にどういたしましてで返す。

「一つ、聞いていい?」

 彼女はカシスオレンジを片手に問いかけてきた。

「どうぞ」

 そう答えると、彼女は俺が浮かない顔をしているので、何かあったのかと言った。

 俺はその問い掛けに、色々とね。と、軽く受け流した。

「こんなことしてるより、話すとすっきりするかもよ」

 彼女はカウンターに置かれた大量の空になったショットグラスを一つ手に取りながら言った。




< 3 / 16 >

この作品をシェア

pagetop