【短編】記憶の香り
 ユリがカウンターの端に座るのを見て、俺はすかさず近付いた。

「酒でもおごるよ」

 ユリは天使を連想させるような笑顔で頷いた。

 カシスオレンジとバーボンのシングルモルトを飲み交わしながら、夜遅くまで話した。

 ユリはこの近くの美容室で働いていて、血液型はA型、一人暮しで住んでいるのもこの近くだということも知った。

 そういった感じに意気投合した俺達が付き合うのに、時間はかからなかった。



 付き合い始めて半年経った頃、ユリがロンドンに半年間の留学をすることになった。

 ユリの美容師に対する真剣な気持ちを知っていた俺は、このことを快諾した。

 そして、約束の半年後、ユリは俺の元に戻らなかった。



「一途なんだね」

 全てを話し終えた俺に彼女が言った。

「よく言われる」

 無理もない。たった半年間付き合っただけの女のことを3年以上も引きずっているのだ。

「自分でも驚くんだけど、愛してるっていう気持ちを持ってた……。
人生で初めて」

「それだけ想われてるのに帰ってこないなんて、そのコもったいないことしたね」

 そういって、彼女はカシスオレンジを飲み干した。

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