春雷
※※※※※※

間も無くフランスに着くと
機内でアナウンスが流れた。

私の肩にもたれて眠っていた由乃が
目を覚ました。

「ん‥着いた?」

綺麗な艶のある黒髪が、寝乱れてくしゃくしゃになっていた。

「もうすぐ着くって」

「今何時‥‥て、ああ、これ日本時間だったわ」

由乃と私の腕には
お揃いの腕時計が付いている。

フランスから
彼が送ってくれたプレゼントだった。

昨年、彼がフランスに旅立った後、小包で届いた。



由乃も私も、
何もかも置いてフランスへ行くには壁が高く、更に由乃を手離すつもりが全くない夫を前にすると、フランスに行くことなどできるわけがないと感じ始めた頃だった。

由乃は
何度も諦めずに行ってほしいと私に言ってくれたけれど、私も大学の仕事を辞めてまで彼だけを選ぶには、やはり歳を取り過ぎたのではないかと悩み、日が経つにつれ、悩むことに疲れていった。

そんな私を見透かすかのように
初夏に届いた小包。
離れてから、連絡をしていなかったので、
あまりの突然さに驚いた。

しかしそこに書かれていた英字は
確かに高村紺の文字だった。

中を開けば腕時計が二つ。

それ以外は何もなかった。

手紙くらい、と、いくら箱を探っても
何もなかった。

だけど、少しずつ泥の中に沈んでいくように
麻痺し始めていた心に突然火を投げ入れられたような衝撃が走った。

会いたい
一日も待てない
狂おしいくらいにそう思った。


今迷えば
一生彼に会えないような気がして

来年には必ず行くと、自分に言い聞かせるように私は彼に手紙を書いた。














< 105 / 110 >

この作品をシェア

pagetop