春雷
夕方、自宅前に車をガレージに止めて、玄関を開けようとすると、
勢いよく娘が、中から飛び出してきた。
とても険しい顔だったが、私を見つけ、
体が仰け反るほど驚いていた。

「うわあっ!びっくりした!琴葉さんかッ」


娘の顔は穏やかになる。

「いや、こっちもびっくりしたわ!どうしたの?すごく顔、怖かったよ?」

「また父さんがうるさい!スマホがどうだの塾がなんだのって‥!高校入学したばっかりなのに、もう大学受験だからって勝手に塾の面談決めてきてんの!あーー!腹がたつわ〜っ」

「えーーっ!もう塾⁈」

その時

「由乃!7時から塾の面談だからね!帰ってきてよね!!」

夫の厳しい声がした。夫の声も随分強火だった。

今日は早目に帰れたらしいがスーツのままだった。

「由乃、わかった⁈ 7時ね!」

「わかったよ!うるさいなあ!でも父さんとは嫌!琴葉さんと行く!」

ああ‥巻き込まれた‥

「わかった!ママと行ってくれ!」

なんで私の都合も聞かずに決めるんだか‥娘は私を「琴葉さん」と、呼ぶ。

私は娘を「ゆのちゃん」と、呼ぶ。

だけど夫は私を「ママ」と、呼ぶ。

由乃は、夫の連れ子だ。
元妻は、由乃が10歳の時に亡くなった。
私と再婚したのは、由乃が中学生になったばかりの12歳の時で、私は34歳。
今の大学に勤め出した頃だった。夫は怒っているのか、おかえり、とも言ってもらえないまま、帰宅についた。

私はキッチンに向かい
夫はスーツのままソファーへ。

「由乃の塾、勝手に決めたの?」

「そりゃあ入学したばかりで、塾ってのも早いって思うのもわかるよ。でもさあ、こういうのは早目にした方がいいんでしょ?三駅離れてるけど大丈夫、塾の終わる頃にはママ帰ってるし、車で迎えに行ってあげてよ」



夫の思考は、不安、心配から始まる。
きっと今回も、なんとなく塾に行かなきゃ不安、という気持ちがあるのだろう。

そして、何かを決める時、私の都合は考えない。自分の手足のように私を扱う。


私の家族は、今少しだけ、上手く回っていない。


机の上に、置こうとした車のキーを、無意識に握りしめた。
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