春雷
「柴田先生、傘持ってないんですか?」
声の主は村上先生だった。
「あ、はあ‥」
「柴田先生もしっかりしてると思ってたら、以外とおっちょこちょいなとこあるんですねぇ。
今から駐車場までいくなら、僕と一緒にいきましょうよぉ」
なんの油なのかわからないが、
おでこも、やたらふっくらした鼻も
ピカピカと光っていた。
憂鬱な気分になった。
親切にしていただいてありがたいのに
嫌な予感しかない。
背に腹はかえられず
傘に入れてもらうことになった。
遠慮がちに傘に入れてもらうと、ぐっと
先生は寄ってきて、肩と肩が密着した。
雨はますます激しくなり、
駐車場に着く頃には私も村上先生も
ぐっしょりだった。
「いやあー今日の雨はすごいですねぇ。しかも寒い!桜も散ってしまうでしょう。春雨とはいえ、雷も鳴って、風情とは言えないなぁー。ま、僕は綺麗な方とお供ができて、光栄ですけどねぇー」
「村上先生、本当に申し訳ないです。傘、もう少しそちらにして下さい。お肩が‥」
村上先生は私の方に傘を傾けてくれていた。
ありがたい。それでも、私もやっぱり
パンプスもびしょ濡れで。
久しぶりに履いたスカートも水分を随分吸い込んでいた。
髪もまとめておけばよかった。
風がふくたびに村上先生の肩になびいてしまう。
‥村上先生は
びっちりと髪をなにかでなでつけているから
びくともしないが‥。
空はいよいよゴロゴロと嫌な音を立てていた。
満開だった桜は、風で揺れて大きく揺れ、
花びらは悲しくまだらに地面に散らばっている。
春が終わる。
雷と共に。
村上先生のおかげで、なんとか駐車場についた。
職員達の車はまばらに残っている。
村上先生は、先に私の車の定位置についてきてくれた、
の、だが‥
「ない‥」
車の鍵がないー!!
「柴田先生、ほんとにないのっ?!落とした?」
「あ、はいっ、研究室で、確かカバンにあることは確認してたんですけど‥」
雨の中でカバンの中を探り倒し、最後はかき回すように探り入れたが
な、ないー!!!
「ど、どうしよう‥」
「じゃあ、柴田先生、僕の車乗りなさいよ、
きっと大学のどこかで落としたんなら明日には見つかるよ!ね、一緒に帰りましょう!」
村上先生が私の腕をぐいぐいと引っ張ってきた。
「いっ、いやいやいや!それはちょっと‥!」
嫌だーー!
「柴田先生、車の鍵を落としてませんか?」
背後で聞きなれぬ男性の声がした。