春雷
高村先生のマンションに来たのはこれが三回目だ。
一回目は、私が落とした車のキーを拾ってくれた時。
二回目は、三人で行った、レッドイーグルのツアーの帰り。
だけど、中に入ったことはない。
怒鳴ってやる気満々だったのに、
ここに来て、気持ちがひるんでしまった。
無謀すぎない?
やっぱり、連絡入れた方が良かったかなあ‥
いや、そんなことない!
あっちだって、家で待ち伏せしてた!
しかも私住所なんて伝えたことないのに!
そうだ
そうだ!
びっくりすれば良いんだ!
普段小憎いくらいオシャレなんだから
休みの日くらいボロボロのジャージとか着て、
独身男性らしく、掃除してない部屋で、私をがっかりさせてほしい。
とても意地悪な気持ちで、ここまで来たけれど、
「部屋番号、なんだっけ‥」
だめだ。
やっぱり帰ろう。
カバンを持ち直し、ホール玄関を背にしようとした時、
「し、柴田せんせぇ‥?」
背後の頭の上から声が聞こえた。
「ぎゃっ‥!!!」
高村先生らしき人が立っていた。
「た、たかむら、先生‥?です、よね?」
私が見間違えたかと思ったのは
猫背で髪はボサボサ、顔はマスクで隠し、
分厚い眼鏡はマスクの蒸気で曇っている。
寒さ対策のダウンに、下はグレーのスウェットだったからだ。
手にはコンビニ袋を下げている。
オフモード全開だ。
完全に怪しいでかい男だった。