春雷

初めて会った日は、とても硬い表情で、
車のシートに背をもたれる事さえしなかった。

硬い挨拶が、いつからか、無邪気な笑顔も、
サインボールがとれなくて拗ねているような
子供のような所も見せてくれるようになった。

(そうだ、サインボール‥)

『サインボール、取れたらフランスに行きましょう』

彼の言葉を思い出す。

あの時から、フランスに行くことを考えていたのだろう。

「私を、本気で連れて行くつもりなの‥?」

彼の寝顔に、問いかけても返事はない。



すうすうと眠っている。

元奥さんも、こうやって、彼の寝顔を見ていた時期もあっただろう。

彼と一緒に暮らす想像をしてみても、
全くイメージが湧かない。
こんなに美しい人を独り占めしたら、
どんな罰が下るんだろう。

私じゃなかったら、
私じゃなかったら、

もっと、幸せになれたんだろうに。

「なんで、私なんですか‥」


胸ね痛みが爆破して
涙が頬を伝った。

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