春雷
「まさか、まさか、ライブに一緒に行った人と、フランスに行くって先生は、え、まさか、同じ人‥⁇」
私はコーヒーを手に、机を挟んで向かい合い、
静かに頷いた。
夫は私の顔をしばらく睨んで、
信じられない、と呟いた。
「同僚の話じゃ、その先生、モデルみたいに男前な人らしいけど‥その人と、ママと、由乃でライブに行ったの?‥あんな若い子のライブだから、女性だと思ってた‥」
「‥国際学部の、高村先生って、いうの‥」
「じゃあ、まさか!由乃、その高村って先生を追っかけてフランスに行くって言ってんのか⁉︎」
夫の顔が途端に険しくなった。
「違う。そんなんじゃない。ただ、高村先生からフランスの話を聞いて、刺激されたのは確かだと思う」
「くそっ‥!人の娘に適当なこと言って‥」
イライラしながら、スマホを取り出し、何かを操作しだした。
何を操作してるのかは見なくても分かった。
「高村‥紺‥うわ。こりゃイケメンだわ。
‥あれ、この人、見たことあるな‥」
どこかで‥
夫が思い出すまで
私は処刑台に立たされている気分だ。
今なら、
ごまかすことも
嘘も言える。
今までみたいに普通に生きて行ける。
これからも
ずっと
今までみたいに。
夫と年を重ねて生きていける。
黙っていれ、ば‥
コーヒーを持つ手が、わずかに、震えた。