春雷

「!思い出した!病院だ!ママの入院した日に廊下ですれ違った!」

「うん‥そうだね。確かに、あなたが来るまで、由乃ちゃんと一緒に、いてくれた」

黙っていれば私はこのまま。
ずっと、このまま。

(本当に、私はこのままを望んでいるの?)

「なんで、あんな遅い時間まで他人のくせに、いたの?
結構遅い時間だったよ?!」

「そ、それは、あなたが、遅かったからよっ!高村先生が私を助けてくれたの!窓割って、自分も怪我して助けてくれて、助けてくれた上に、心細いだろうって由乃ちゃんと私のために、いてくれたのよ?」

私が荒い声を出したので夫はたじろいだ。

助けてくれて、
その上、やってこない夫の代わりに側にいてくれたのに、居るのが非常識だといわんばかりの言い方をしたからだ。

「あ、あんな前からこいつは、ママと由乃の周りをチョロチョロしてたのか‥。で、つまり、どうなの?」

「何、が‥?」

「由乃は高村って先生が好きなの?」

まだ勘違いしている。

いい加減笑えてきた。
随分余裕がある人だ。

「違う」

何もかもが馬鹿らしくなってきた。


違うの。パパ‥

「高村先生を好きなのは、わたしよ‥」

まっすぐ、夫を見つめて

心のままに伝えてしまった。

夫はぽかんとしている。

無理もない。

理解するに時間がかかるだろう。


私は夫を置いて、
静かに自室へ戻った。

もう
戻れない所まで来てしまったようだ。

終わった。

私は全て失う。

後は修羅の道を這いずりまわって進むだけだ‥。





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