春雷

「今日は、早いんだね‥」

夫に返事はない。
予想の範囲だ。
むしろ、見たくないものは見ない夫が
こうやって
早い時間に帰宅してくるのは意外だった。
私を避けるだろうと思っていたのだ。

私が仕掛けたこととはいえ、なかなか辛いものがある。

「‥夕飯、作るね」

「お前も、フランス行くのか?」

お前、と、呼ばれてしばらく反応ができなかった。

私に、言ってるのかわからなかったからだ。

(お前、なんて初めて言われた‥)

ふいに、
恐怖心が芽生えた。

あの事件以来、私は怒っている男性が怖くて仕方がない。

「お前もフランス行くのかって聞いてるんだよ」

振り向いた夫の目は、ビールに酔って、完全に座っていた。

それがまた私には恐ろしく見えた。
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