月夜に還す
強い風が二人の間を吹き抜けた。
「…風が強いな。電車が遅れていたらいけないから、そろそろ行こうか。」
「うん…。」
ベンチから立ち上がろうとした幸香に、滉太がそっと手を差し出す。
一瞬、差し出された手を前に固まった幸香は、おずおずと自分の手をその上に乗せた。
(こうくんの手、昔は私とおんなじくらいだったのに…)
こどもの時とは全然違う滉太の大きな手に、離れて過ごした年月を知る。
幸香が立ち上がると、滉太はその手をそっと離し、ベンチに置いてあった花束を取って彼女に渡しながら尋ねた。
「結婚式はいつ?」
「十月七日。」
「そうか…ちょうど一か月後だな。」
「うん。」
公園の敷地を出ると、滉太は大通りの方へは向かわずに、細い路地へと足を進める。
「この道の方が酔っ払いが少なくて歩きやすいから。」
後ろから着いて行く私の方を少し振り向いてから滉太がそう言って路地を進んでいく。
さっき通って来た大通りには、週末の夜を楽しむ会社帰りの人で賑わっていた。
街灯もまばらなこの路地は、通りの喧騒から二人を隠すように薄暗い。
離れたところに見えるイルミネーションの眩しさも、ここまでは届かない。
薄暗い道を黙ったまま、ゆっくり、ゆっくりと進んだ。