月夜に還す
月夜に還す
幸香のヒールの音が段々と遠くなっていく。
眩しい光の中へと消えていった彼女の背中を、滉太はじっと見送った。
(俺たちの再会は遅すぎたんだな。いや、早すぎたのか…。)
自分が果たしてあげられなかった約束を、他の誰かが叶える。
(本当は俺がそうしてあげたかったけど。)
滉太は固く目を閉じた。
胸を締め付けるのは、後悔なのか、それともただの感傷だろうか。
二十年間、ずっと心の奥に仕舞ってあったその願望を手放す日が来た、ただそれだけのことだ。
これまで何人かの女性と付き合ってきた滉太だったが、少年時代に交わした幸香との約束は、宝物のように別の場所に仕舞ってあったのだ。
開いてしまった宝箱の中身を、そっと月夜に還す。
空になった箱を抱えて、しばらくはこのままでいるだろう。
薄暗い路地から空を見上げる。
強い風が運ぶ雲で三日月が見え隠れする。
目を閉じて、あの日の蝉しぐれを思い出した。
(ゆきちゃんがずっと幸せでありますように。)
胸を締め付ける疼痛を、逃すように息を吐くと同時に、背中から強い風が吹いた。
その風に押されるように、足を一歩前に踏み出した。
(了)