雨夜の星に、願いひとつ
見つめ合ったまま、言葉をしばらく失う。ふたりの間の空気だけ急に酸素が薄くなる。有線の音楽も、お客さんの歌声も、聴こえなくなる無音の数秒間。


「すみません。変なこと言って」


柴ちゃんが先に視線をそらした。瞬間、やっと酸素が吸えるようになり、騒がしい周囲の音も戻ってくる。

わたしは「ううん」と小さく首を振った。

意味もなくレジの埃を拭いたり、フライヤーの束を並べ直したり、黙々と仕事に没頭し始める柴ちゃん。さっきの会話をなかったことにしようとしているようだ。

そんな彼の態度にホッとする半面、なぜか物足りなさが胸に芽生えるのをわたしは自覚していた。


もっと、見たい。
一瞬だけ垣間見えた“もしかして”を、確信に近づけたい。

そんな願望が蔓のようにぐんぐん伸びて、わたしの自制心を覆いつくしていく。


そして、言ってしまった。


「……そういえば今朝ね、柴ちゃんの夢みたよ」

「えっ?」


パッと振り返った柴ちゃんの顔。その表情には期待が表れ、口元がゆるんでいく。

ああ、わたしは何を言ってるんだろう。自らエサをチラつかせるようなこと。
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