雨夜の星に、願いひとつ


今なら、まだ引き返せる。

今なら、素知らぬ顔でもとに戻れる。

まだ何も始まっていない、今なら――。

翌日の遅番のバイトに向かう道中、そんな言葉を呪文のように頭で繰り返していた。自分に言い聞かせていた、と言ってもいいかもしれない。

そもそも言い聞かせなければいけない時点で、ブレーキが壊れかけていると認めたようなものだけど。


「あれ? なんか今日の相沢さん、雰囲気が違うね」


スタッフルームでタイムカードを押していると、田中くんが顔をのぞきこんで話しかけてきた。


「え……そうかな」

「わかった。いつもより目が大きいんだ」


めざとい指摘にギクッとして、思わず顔をそむけてしまう。彼の言う通り今日はめずらしくアイラインを引いたし、マスカラもロングタイプのものを使ったのだ。


「もしかしてデート?」

「ちがうよ。遅番だからゆっくり準備できただけ――」


田中くんから逃げるように背を向ける。と、廊下に続く扉がちょうど視界の中央に入り、タイミングを計ったようにドアが開いた。


「おはようございまーす」


あいさつしながら入ってきた柴ちゃんと、真正面で目が合った。

瞬間、ふたりの間だけ空気の密度が上がるのを感じた。
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