雨夜の星に、願いひとつ
「マジか、柴ちゃん。あの大迫のゴールを見ないで何してたんだっつーの」
「別にー。家でメールしてただけ」
「メールって。ワールドカップより大事なメールがあんのかよ」
「あるんだよ。超大事」
今この瞬間、わたしと柴ちゃんが言葉を直接交わさなくても密かにコミュニケーションをとっていることを、田中くんはまったく気づいていないだろう。
柴ちゃんのセリフは田中くんに言っているように見せかけて、本当はわたしに聞かせるためのものだ。
……この、微妙な距離感。
こそばゆいような感覚。
今まで何度も経験してきたものだから、その正体にわたしはもう気づいている。
恋愛が始まる寸前の、いちばん甘くて美味しいとき――。
けれど婚約者がいる自分には、こんな状況は二度とないと思っていた。二度とあってはいけなかった。
しかも相手は4つも年下の学生で、わたしが婚約していることを知らなくて……。
「あっ、あと5分じゃん! 柴ちゃん、早く着替えよーぜ」
時計を見て飛び上がった田中くんが、隣の更衣室へバタバタと移動する。
同じくまだ着替えていない柴ちゃんもそれに続いて行くのかと思ったら、ふいに踵を返し、わたしの方に向き直った。
いきなり目が合った動揺を悟られないよう、わたしはとっさにすました顔をする。