雨夜の星に、願いひとつ
病院からの帰り道。気分転換に本でも読もうと思い、実家の最寄り駅で小説を買って、駅ビル1階のカフェに入った。
適当に選んだ小説だったけど意外におもしろく、コーヒーが冷めるのも気づかないほど夢中でページをめくった。
ラストまで一気に読みきったときには、夕方の6時半を過ぎていた。わたしは達成感と脱力感のまじった息を吐きながら、窓の外を見た。
今にも雨が降り出しそうな暗い空。
傘を持った人たちが行き交う駅前の広場に、ぽつぽつと提灯のあかりが灯っている。そのあかりの下、広場を囲むように立てられた数本の笹。赤や黄色や青のカラフルな短冊が、夕闇の中で揺れていた。
そうか。今日は七夕だ。
年に一度だけ彦星と織姫が逢うことを許された日。
だけど空は鉛を流し込んだようにどんよりと薄暗い。星なんかひとつも輝きそうにないな、と思った。
『雨で天の川が見えないなら、その方がいいんじゃないですか?』
そのとき反射的に思い出したのは、柴ちゃんが以前言った言葉だった。
大雨の夜、ふたりきりの薄暗いバーの店内で。彼の瞳だけが、明々と火を灯していた。
『誰にも見つからないから、内緒で会える』
フラッシュバックする声を追い払おうと、わたしは小さくかぶりを振った。だけど脳内に流れ始めた映像は、簡単に消え去ってはくれない。