雨夜の星に、願いひとつ
距離にして5メートル。窓ガラスで隔てた店内にいるわたしに、普通なら気づかなくてもおかしくない。

なのに柴ちゃんの視線は、ふわりとこちらを向いた。ごく自然に、吸い寄せられるように。


“ゆきさん”


彼の唇がはっきりとわたしの名前の形に動いた。その瞬間、わたしは逃げ出した。
目の前の柴ちゃんから、そして、わたしを飲みこもうとするわたし自身の欲望から。


お店を飛び出して、駅ビル内の通路を人々の間を縫うように駆け抜ける。地面を蹴るヒールのけたたましい音は、ほとんど心臓の音にかき消されていた。

混乱した頭でどうにか逃げ道を計算し、柴ちゃんがいた広場とは反対側の出口に向かって走っていると


「待って、夢希さん!」


背後で叫び声が響いた。

無関係な周囲の人たちが足を止めて振り返る。たくさんの視線がわたしと、わたしの後方に注がれた。注目を浴びているのに恥ずかしいという感覚すら忘れ、わたしは必死に走った。

両足がもつれ、今にも転びそうになる。走っているのにうまく進まないのは夢の中にいるみたいだ。
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