雨夜の星に、願いひとつ
「夢希さんっ!」
真後ろで響いた声。ビルの裏口の扉を押し開いたのと、背中からきつく抱きしめられたのは、ほぼ同時だった。
「やっと、会えた……っ」
荒い息に混じったため息が、わたしの耳を遠慮なくくすぐる。鼓膜から脳、そして体の中心まで流れこんでくる彼の熱――
触れ合った瞬間から自制心の壁はひび割れて、たやすく崩壊を始めてしまう。
柴ちゃんはわたしの存在を確かめるように、抱きしめる腕に力をこめた。背中に密着した彼の胸から速い鼓動が伝わり、それはわたしの心臓の音とごちゃ混ぜになった。
「……柴ちゃん」
肩で息をしながら絞りだした声が、蒸し暑い夜の空気に飲みこまれる。
駅の裏通りには人影がなく、駐輪場に並んだ自転車が暗闇にぼんやりと浮かんで見えた。
「離して……」
「嫌です」
「婚約者がいるの。やめて」
「嫌だ。離さない」
子どもが駄々をこねるような口調とは裏腹に、彼の力は強い。大人の男の力。
反対にわたしの力は弱くて、簡単に負ける。
そうして、好きな男に負けることを心の奥底では喜んでいる浅ましい女だと自覚させられる。