雨夜の星に、願いひとつ
コポコポと音をたてながら、コーヒーメーカーから香ばしい匂いが漂ってきた。
朝は戦場のように忙しいけれど、この香りをかぐと1日がちょっと丁寧に始められる気がする。
「賢二郎、今日の帰りも遅くなりそう?」
湯気の立ちのぼるマグカップをテーブルに置きながら、わたしは尋ねた。
「うん。納期までには日数があるんだけど、なるべく余裕をもって終わらせたいから」
「あんまり無理しないでね」
「ありがとう」
夫の目じりにやさしい皺が一本浮かぶ。もともと穏やかな笑い方をする人だったけど、最近はそこに包容力も加わってきた気がする。
コーヒーを飲み終えた彼は立ち上がり、鞄を持って玄関へ向かった。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
唇同士が、軽く触れ合う。よどみなく流れるその動作に、特別な感情はともなわない。
一緒に過ごした日々の数だけ繰り返してきた、日常だ。