初恋の君と、最後の恋を。
重い扉を開ける。
奥の席で本に視線を落とす仁くんを目にして、足が鉛のように重くなる。
きっといつものように難しい経済雑誌でも読んでいるのだろう。
雅美の家に相馬先輩を案内してそのまま仁くんの待つカフェに来た。
私の決意を彼に伝えるために。
「待たせてごめんね」
「菜子の好きな蜂蜜レモンティーがあるよ」
仁くんの声が優しく響く。
私の好物から苦手なものまで熟知していて、私以上に私のことを理解してくれる幼馴染兼、婚約者。
「それにする」
これから彼に伝える言葉は、これまで築き上げてきた関係を無に変えてしまうものだ。
どのタイミングで切り出したら良いか迷い、仁くんが蜂蜜レモンティーを注文する姿を黙って見つめていた。
大好きな人だから、言葉を選んで慎重に伝えたい。
「菜子、」
名前を呼ばれて目を合わせる。
今、自分がどんな顔をしているか分からない。
どんな顔をしてサヨナラの言葉を伝えればいいかも分からない。
「菜子は永遠に僕のモノでしょう?」
唐突な投げ掛け。
ああ、もしかしたら。
私の情けない顔から、仁くんは既に察してしまったのかもしれない。
そして先回りされた。
「僕はなにがあっても、君を手放すつもりはないよ」