初恋の君と、最後の恋を。
お父さんが運転する車で仁くんの自宅まで送り届けてもらった。
黒で統一されたマンションの外観に、足を止める。
高そうだけど、素敵だな。
海も近いし。
「このマンションは菜子と暮らすことを想定して買ったから。一人暮らしには広すぎたんだ」
「そうだったの?」
去り行く父の車を見送り、仁くんの言葉に驚く。初めて聞いたよ…。
「きっと菜子も気に入ると思うよ」
「楽しみ!」
花壇で道が作られたエントランスをくぐる。
春からはここで暮らすんだ。
「春からはこっちに来るの?」
マンションのオートロックを解除してエレベーターに乗り込んだところで、ごく自然なトーンで聞かれた。
「仁くんさえ良ければ!毎日、英語の勉強もちゃんとしてるからね」
そんなこと当たり前だよ、って気持ちが伝わるといい。
エレベーターのボタンが押される。
5階なんだ。
低くもなく高くもなく、ちょうどいいよね。
「…菜子はそれでいいの?」
「先輩のこと?それなら大丈夫だよ。先輩にフラれたら、こっちの気持ちも冷めたし」
「無理しなくていいよ」
「無理なんーー」
「着いたよ」
5階に到着して下りるように促される。
1年間のワガママを許してもらった分、これからは仁くんのためだけに生きると決めた。
そのことで負担に感じることはなく、無理なんてちっともしてないんだけどな。そう簡単に信じてはもらえないよね。