初恋の君と、最後の恋を。

静かに仁くんは首を振った。


「少し外を歩こうか」


「仁くん…」


「行こう」


エレベーターのボタンを押した仁くんに先に入るように促され、仕方なく乗り込む。


とても彼は落ち着いていて、感情のまま発した言葉ではないことを理解できてしまった。


マンションの外に出て、ゆっくりと仁くんは歩き始めた。
どこに行くのかと、問うことすら怖い。




「昔から弟に対する劣等感を拭えなかったし、何事も器用にこなす弟を毛嫌いしていた時期もあった。弟が両親と縁を切ると言って家を出て行ったその夜、ひどく安堵したんだ。これで弟から解放されると肩の荷が下りた気分だった」


何度か話してくれた弟への想いは、私が思っていたよりも深い闇だった。


「けれど両親が亡くなり、会社の経営を任された時、僕は傍に弟が居てくれたらどれだけ心強いか考えた。自身の利益のために近寄ってくる大人や僕を蹴落とそうとする大人に囲まれてるとさ、信じれるものは家族だけなんだと思い知った。弟は僕に横柄な態度をとるどころか、兄を立ててくれた。家を出たことも、僕のためだと今なら分かる」


「それならこれからは弟さんと手を取り合って生きていけるね」


「そうだね」


私だって仁くんと手を取り合って生きていきたいよ。

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