初恋の君と、最後の恋を。

見慣れない風景も手伝って不安が募る。

今夜以上に仁くんの気持ちが分からない日はなかった。彼はどんなにくだらないことでも分かりやすく説明してくれたから。



「体育祭で弟を見つけた」


っ、…できれば隠しておきたかった。



「菜子が追い掛けている相手だと、分かってしまった。だって雅美が倒れて慌てていた菜子は、弟の姿を見てひどく安堵していたから。ああ、頼りにされてるんだなって悟った。隣りにいる僕よりもね」


「そんなことない!」


「……やっぱり、良斗が弟だと知ってたんだ」


「あ…」


誘導されたのだと気付く。


「先輩が仁くんの事故のことを聞いて病院に駆けつけていて、教えてもらったの」


「そんなことだと思った」


反対側の道でカップルが大声ではしゃぎながら歩いている。肩を組んで、並んで。

人通りの少ない道ではカップルの声がよく響いた。楽しそうでいいな…。


「でも先輩にきっぱり振られて、諦めがついたの。これからは仁くんのことだけを考えてーー」


「菜子、君の感情の名前を僕は知ってるよ」


「名前?」


仁くんは立ち止まり、自身の胸を叩いた。



「菜子が僕に向ける感情はさ、"同情"なんだよ」


にこりと雰囲気に相応しくない微笑みを浮かべ、彼は言った。



「少し前まではそれで良かった。同情でも幼馴染の延長線上でも、君が手に入るならなんでも良かった。ーーでも、それじゃぁ駄目だよね。こんな遠いところまですぐに駆け付けてくれて、優しく看病してもらって、僕のことをたくさん想ってくれて。そんな君の幸せを願うのなら、手放すべきだ。そしてその勇気がやっと、ついたんだ」


「そんな…」


「悲しい顔をしないで。幼馴染としてこれからもたくさん会えるし、今と何も変わらないよ」


「私は婚約者として仁くんをーー」


菜子、と上乗せされた言葉に口を閉じるしかなかった。


「これ以上、僕を可哀想な男にしないで」



ああ、私は。
仁くんを傷付けることしかできなかった。


彼から与えて貰ったものをなにひとつ返せやしない。

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