初恋の君と、最後の恋を。
エレベーターが上昇していく。
「本当にそれだけ?不安な顔してるよ」
「そんなことは……」
どうして黒瀬先輩は人の感情の機微に聡いのだろう。困るよ…。
「俺の前では、」
背後からそっと温もりに包まれる。
私の首に手を回した黒瀬先輩は、優しく耳元で囁いた。
「心隠して、笑わないで」
し、心臓が壊れそう。
首からお腹に回った手に、びくりと身体を震わす。
「なにを考えてる?言うまで解放しないよ。誰か乗ってきてもこのままだね」
いつエレベーターに乗客がやってくるか分からないこの状況でさえ、黒瀬先輩には余裕があった。
私とは大違いで…恥ずかしいよ。
「ゆ、夢みたいで。だから朝になったら魔法が解けてしまうような気がして…こ、このまま、離れたくないな、なんて。アハハ…」
最後は笑って誤魔化す。
一緒にいることで魔法が解けないとは言い切れないし、今の状況が例え夢でなくても、人の気持ちは変わりゆくものだ。
明日になったら黒瀬先輩の気持ちも変わっているかもしれない。