今夜、シンデレラを奪いに 番外編
「あい きゃんと すぴーく いんぐりっしゅ!!」


「…………失礼?」


「あい きゃんと すぴーく いんぐりっしゅ!!」


夏雪のダークブルーの瞳を見て外国人と思ったのか、彼女は震える声を張り上げる。


夏雪は訝しげな顔でそんな彼女をじっと見つめていた。それが余計に不安を煽っていると思うんだけど………。


「あの人は何を」と首を傾げる夏雪に状況を説明すると、興味本位なのか早口の英語で話し始めるから余計に状況が悪化する。


「はっ、はうどうゆうどう!」


「………What the hell?」(何言ってんだ?)


「こら、いじめるな!」



ぽふっと夏雪の後頭部をたたく。

高柳さんの婚約者の人を、「用心深い女」で「男嫌い」なんて言うから、『彼以外の男なんてくだらないわ』とか言いそうなツンとした美人を想像してたけど…………



彼女は私の想像と全然違っていた。

例えるなら、おとぎの森でフワフワのリスに出会ったような感じ。彼女に会った人は「守ってあげたい」と庇護欲をそそられるか、いじめたくなるか、そういうタイプの可愛らしさだ。多分夏雪に関しては後者だと思う。


緊張で全身逆毛立ててる小動物を「どうどう」と落ち着かせるような気持ちで、彼女に声をかける。


「私たちは会社で高柳さんにお世話になっているもので…………」



「これはこれは失礼をば!!

真嶋さまと矢野さまであらせられまするかっ!お話は伺っておりまする」


「そんなにかしこまらなくても」という声は届かなかったようで、恐縮しきったようにいそいそと室内に案内してくれる。お部屋にお邪魔すると、開放的で広々としたリビングにちょっと太めの猫がごろんと寛いでいた。


「大変申し訳ございませんが、宗一郎さんは五時頃まで外出中でございまして」


「いえ、お気になさらず」


胡散臭い営業スマイルを浮かべる夏雪に「時間ちゃんと伝えてなかったの?」と聞くと、いつもの企み顔に変わった。


「五時に行くと伝えました。彼がこの時間に仕事があるのは知っていたので、手筈どおり。」


「知っててわざと早く来たの!?」


「鬼の居ぬ間に何とやら…………ということです、ふふっ。」


「鬼はあんただっ!」



どうやら夏雪は高柳さんのいない隙を狙って彼女を説得してしまう魂胆らしい。


「わたくし田中理緒と申す者でございます」と堅めの自己紹介をした彼女は、どう見ても怯えている。強気な女性だったならまだしも、こんないたいけな女の子相手だと罪悪感が募る一方だ。



「さて、月並みですが田中さんは、一年間でどれ程の企業が倒産しているかご存じですか?」


「そんな世間話があるかっ!どこがどう月並みなの!」
< 5 / 25 >

この作品をシェア

pagetop