今夜、シンデレラを奪いに 番外編
「では倒産した経営者が負債を負った場合の末路などについて話を、」


「しなくていいっ!」


ひとまずこの物騒な男は放っておこうと理緒さんと二人で喋っていると、夏雪は何かに気が付いたようにフカフカの猫に手を伸ばした。

猫が紙切れをくわえているのを口をあけて取り出している。


「こら、紙食ったら腹を壊すぞ」


柔らかく微笑んで猫の背を撫でて、ただそれだけのことに私はひどく衝撃を受けた。


『紙食ったら腹を壊すぞ』?


そんなカジュアルな話し方もするなんて知らなかった。

猫相手にいつも通り「紙など食べては消化不良を起こします」とか言うのも変かもしれないけど……。






良いなぁ、猫。
たまには私にもそういうふうに話してほしいな。


もし私がその紙切れを口に含んだら同じように言ってくれるかなぁ…………なんて。



ううん、冷静になれ私。

私が紙を食べたところで「気でも触れましたか」と言われるのがオチだ。夏雪が取り出した紙切れを眺めて儚い望みを追い払う。



そこには丁寧な文字で何か書いてあった。


『…………
高柳 まつり
高柳 かぐら
高柳 宗三郎
…………』


「これは高柳さんのご家族のお名前?」


「いえ、将来子供ができたときの名前を考えているのでございます。ですが難しくてなかなか決まらず。」


「わぁ…………素敵!」


幸せいっぱいのメモだなぁと思わず頬が緩めていると、夏雪が獲物を見つけた狼のように目を光らせる。ほわっとした感情は嫌な予感に変わった。


「…………それだ」


「ほぇ?」


「ご妊娠を希望ならぜひ可及的速やかに。起業計画より家族計画です。今夜にでも取り組んで下さい。」


…………うわ。

ついさっきトキめいたばかりなのに、どうしたことだろう、この残念な落差は。


夏雪の行動はすべて理緒さんの起業を阻止するため。

つまり、理緒さんが起業する前に妊娠や出産、子育てに集中させようと考えてるに違いない。


だとしても女の子に言う言葉じゃないでしょと突っ込みを入れようとしたら、その前に理緒さんはニコニコと答えていた。


「はい、今夜にでもというか最近は毎日取り組んでおります。

…………宗一郎さんは仕事が忙しいから悪いなぁと思うのですが、ついお願いしてしまうのであります。」
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