俺の好きな人は、俺の兄貴が好き。



でも、なんかなんとなく
俺は父さんの練習部屋…というか父さんと母さんの仕事のために建てられた別棟へと行ってみた。
ここは俺ら子供はまぁ近づかない。

まぁたまに兄貴がファッションショーとかの前にウォーキングの練習にはきてるみたいだけど、俺や咲空は用が全くない。


ここに入るのもいつぶりなんだか…


入ってみると、父さんの声がはっきり聞こえてきて
俺はそっと、ここのホールのドアを開けた。


開けると父さんは今撮影してる戦国時代のドラマの練習をしていた。
刀か槍か…なにかに見立てた長い棒を持って、1人セリフを言っていた。

その演技がなんかすっげぇ迫力があって
テレビで見るよりずっと迫力があって

俺はしばらく、ドアのところで無言で見入っていた。


「…あれ、碧翔
なにしてんの?そんなとこで。
入るなら入ればいいのに」

「え、あー…
なんか無意識にここで見てたわ」

「は?なんだそれ」


さっきまでの迫力とは打って変わって、父さんはいつもの笑顔を俺に向けた。


「なんか、父さんって演技の時全然違うよな」

「まぁそれが役者だからな?」


父さんはそう言って、汗を拭いていた。
…なんか、この時期に暖房もなしでそんなに汗をかけるほど、真剣にやってんだよな。
そんだけ、父さんは好きなんだろうな…


「…父さんはさ、なんでそんな演技頑張れんの?
子どもの頃からやってたから?」

「えー、まぁそれもあるだろうけど
俺はこれしかできないから、できることやってるだけだよ」

「え、そうなの?」

「母さんもたぶんそう。
まぁ働かないと生きていけねぇしな」

「え、それだけ?」

「まぁ母さんはもう働かなくても生きていける気がするけどな」


父さんはそう言って笑ったけど
父さんも、どんくらい稼ぎあるか知らねぇけど

十分もう生きていけそうな気がする。
芸能人ってそういうイメージ。


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