暴走族の天使〜紡ぐ言葉を聴きたくて〜
奏side

倉庫を後にした詩ちゃんを見送った僕は

表情のないまま小さく手を振って去っていった

小さな後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた

1階に待機していた下っ端には後できちんと

話すことを指示して一旦幹部室に戻った

幹部室の中は異様な空気に包まれている

姉さんのあの怒りは久しぶりだった

それだけ姉さんにとって詩ちゃんは

大切な存在だということだ

とりあえず今は姉さんに詩ちゃんを

守って貰うとして……

「北斗…これからどうするつもり?
こんな事になっても、まだ穂花を優先する?
北斗が守るって連れて来たんだよ?
そして姫にした。
なのに傷付けて此処を出る決意をさせたのは
北斗と穂花だ。
はっきり言って僕は姉さんと同じ気持ちだよ。
北斗も穂花も考えが甘い。
一時的に今助けたとしても、また同じことが
起きたら…
また此処に連れて来るの?
そんなの単なる一時凌ぎで何も解決しないよ」

「僕もそう思う。
大切な人を傷付けてまで守る価値が
あの子にあるの?
だったら、はじめからあの子を姫にすれば
良かったんだよ。
まぁ、あの子が姫になるなら僕は
此処を辞めるけどね。
詩ちゃんを傷付けるなら誰であっても許さない」

僕と同じ気持ちなんだね、奈留も…

誰であっても詩ちゃんを傷付ける奴は許さない

例え小さな頃からの大切な親友、北斗でも…

「俺はただ…助けてやりたかっただけだ。
詩を傷付けたかった訳じゃねぇよ…
どうしろってんだ!」

怒りを露わにする北斗に心底呆れる

助けるとか守るとか言葉を並べても

一時凌ぎであるなら、それは何の意味もないよ

何の解決にもならない

それに、その言葉を使っていいのは

本当に大切で手離したくない人にだけだよ

幼馴染の穂花にではなく、詩ちゃんに……

周りが助けても穂花自身が乗り越えないと

いけない事でもある

穂花自身が強くならないと…

そんな事も見失うようじゃ先は見えてる

これから先何度も同じ事が起きるよ

「今更どう言い訳しようが
詩を傷付けた事に変わりねぇよ。
お前の告白を受けて詩は返そうとして
お前の元に行ったのに…
目先の事だけ考えて動いて
泣かせて傷付けて此処を出て行く詩を
止める事も出来なかったお前が悪い。
幼馴染のアイツを助ける為の合言葉だったとしても
それは昔の話だろ?
今守るべきは、詩だ。
アイツが此処に居続けるなら俺は此処には
来ねぇから」

静かに怒りを表す錬は立ち上がり幹部室を

出て行った

それに続くように奈留も冬も出て行く

残ったのは僕と北斗だけ…

とにかく姉さんに連絡して手当てしてくれる人を

呼んで貰わないとね

数回のコールの後出てくれた姉さんは

心理学者であり、看護師でもある同僚を

此処に向かわせたと教えてくれた

『そっちに向かわせたのは、私の親友よ。
私同様に、詩ちゃんを診た子でもあるのよ。
名前は成田絵留(なりたえる)。
見た目ほわほわしてるけど…
心理学者としても看護師としてもピカイチだし
怒らせると怖いから気を付けなさい。


それと…

詩ちゃんの事知りたいならウチに来なさい。
守りたいのなら。
じゃあね〜!』

言いたいことだけ言って切られたスマホから

ツーツーと無機質な機械音が響いていた

重い空気が立ち込める幹部室に

場違いな程明るい声が響いたのは

連絡を受けてから数十分後だった

「こんにちは〜!成田絵留で〜す!
…あれ?なに〜この重い空気!
涼風から頼まれて手当てしに来たんだけど……」

「あ、こんにちは。
涼風の弟の奏です。
急なお願いにも関わらず申し訳ありません。
部屋まで案内しますね」

姉さんの言う通り、見た目はほんわかしてるけど

場の空気を読むのが上手いし

何より瞳の奥には、少しの怒りが見えた

ーコンコン

「はぁ〜い!」

「穂花、開けるよ?
手当てしてくれる人が来てくてたから…

では、お願いします。
終えたら呼んでください」

ドアから振り向いた時に見えた成田さんは

凍る程の冷たさを纏い、ドアを見つめていた

「涼風から聞いてた通りね……
まぁ、とにかく手当てはするけど
守る価値があるかどうかは別だわ……
じゃあね〜!」

地を這うような声を出しながら

総長室へと消えて行った

姉さんの言ってた通りってどういうことだろう?

絵留さんが総長室に入って少し経った頃

幹部室が静かに開いた

その扉を開いたのは絵留さんだったのだが…

無表情のまま扉を閉めて空いているソファーに

腰を下ろした

そして次の瞬間、彼女の口から出てきた言葉に

僕も北斗も愕然とした

だけど、僕からしてみれば

あぁ、やっぱり…と思っただけだった

「とりあえず涼風から頼まれたから手当てはした。
もちろん、服の上からでは分からない所もね。

だけど……

あれは他人によって付けられた傷ではないわ。
私は心理学者でもあるから、彼女の言葉や行動
それから目の動きや視線、表情から
間違いなく他者によって付けられた傷ではないと
断言できる。

何を考えて行動したのかは知らないけど
彼女の全てが浅はかで甘過ぎるわね。

あれは自作自演よ……

自分に自信があるのか知らないけど
自分が1番でないと気が済まないタイプ。
しかも男関係なら特にね?

あの子の幼馴染なんでしょう?あなた達。
だったらどんな性格なのかをきちんと把握して
おくべき…とアドバイスしておくわ。

でも、幼馴染なのに自作自演を見抜けないなんて
情けないのか哀れなのか……

とにかく私は帰るわね。
これからどうするのか知らないけど
詩ちゃんを傷付ける奴は……
いえ……傷付けた奴は許さないから」

無表情のまま立ち上がり、北斗を一瞬見た彼女の

瞳は氷のように冷たくて

背中がゾクリと泡立った

微動だにしない北斗を一瞬見やり

成田さんを表まで送る為、僕は部屋を出た

倉庫の入り口で振り返った成田さんは

先程の無表情から一転して苦笑いを浮かべ

ホッと息を吐いた

「ごめんなさいね、感情的になっちゃって。
でもね、許せないのよ……
暴力を受けた人間を装って何かを得ようとする
卑怯な人は。
周りを巻き込んでも何とも思わない人も……

彼がどうして大切な人を傷付けてまで
あの子を守ろうとしてるのかは私には分からない。

何か思うところがあっての事だと思いたいけど
今の私は詩ちゃんを傷付けられた事で
感情が爆発してるから、冷静に彼を見れなかった。
じゃあ行くわね!
私はこれから詩ちゃんを診にいかないとだから」

「いえ、こちらこそすみませんでした。
僕も仲間も、北斗や穂花には怒りしか持てない。
詩ちゃんを泣かせて傷付けて
一体何がしたいのか……

僕もこの後、姉さんの所へ行くつもりです。
詩ちゃんをよろしくお願いします」

頭を下げた僕の肩を叩いた成田さんは

後ろ手に手を振りながら去っていった

ふぅ〜……

とにかく穂花を家まで送って行かないとね

納得しなくても此処に居て欲しくない

詩ちゃんを傷付けた人間を匿うなんて

絶対にしない

姉さんの所へ行く時、北斗を連れて行っても

良いべきなのか?

ポケットからスマホを出してメールを打つ

『穂花を家まで送った後、そっちに行っていい?
その時、北斗は連れてって大丈夫かな?
他の幹部も』

数秒後返ってきたのは、たった一言のみ

『了解』

よし、姉さんのお許しも出たし

やる事やって早く姉さんの所へ行こう

幹部のメンバーに姉さんの家の住所と

詩ちゃんの様子を見に行く旨を一斉送信した

そして1階に待機しているメンバーに声を掛けて

今夜一晩、幹部は倉庫を開けると伝えた

何となく雰囲気で分かったんだろう

皆んな心配そうな表情を浮かべたが

笑顔を失った詩ちゃんを見てたんだろう

真っ直ぐな瞳を向けて頷いた

それに頷き返して幹部室へと戻った

未だに成田さんが出て行った時と同じ体勢の

北斗にかなり呆れたけど、今はそれどころじゃない

「北斗…いつまでそうしてるつもり?
穂花を家まで送って姉さんの所へ行くよ。
詩ちゃんの事が知りたいなら来いって
姉さんから伝言だよ。

もちろん行くでしょ?」

「あぁ……
でも、傷付けたのに行っていいのか?」

「傷付けるだけ傷付けて、そのままにするの?
悩んでる暇があったら、これからどうしないと
いけないかくらい分かるでしょ……
北斗が見つけたんだよ、詩ちゃんを。
しっかりしなよ、総長」

僕の言葉にやっと顔を上げた北斗は

いつもの強気な星竜の総長に戻っていた

「よし、行くか。
穂花を送って、奏の姉ちゃんとこだな」

どこかスッキリした表情の北斗に

内心、遅すぎだ…と思ったけど今は何も言わない

とにかく詩ちゃんの所へ行こう










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