今が思い出にならないために。
「あの…傘持ってないみたいだけど、大丈夫…？」

彼の言葉で私ははっと我にかえる。

『…大丈夫じゃないよ！！今年大学院入学したら先生が死んだとか言ってて！ほんとに、もう二度と会えないと思ってたんだよ？津久見くん！ずっと、どこに行ってたの？』

今までにした彼との会話で最も強い口調で問う。
しかし、彼は困った表情でうつむき、言った。

「えっ…と…ごめん。」

今までに聞いたことがない、泣いてしまいそうな声だった。

そんな彼に何と返そうかとおろおろしていると、おもむろに彼が私の方を向いた。

「あのさ、俺本当、色々…色々あってさ。とにかく今は何て言えばいいかわかんないんだけど。とりあえず、返信とか出来なくて。本当にごめん！」

そして、彼が頭を深く下げる。

『あ、頭上げて！…ちゃんと生きてて、会えただけでも、よかったの。だって、絶対に、もう二度と会えないって、思ってたから…』

小さく「俺も」と聞こえたような気がしたので、彼の方を見ると、ふわりとやわらかな眼差しで、私を見つめている。


その表情は、私が記憶していたものより、少し大人びていた。

「あー…けどこれ、大学の人とか、他の人には内緒、な。ちょっとまずいことになるから。」

『う…うん、』

彼が消息不明にならなきゃいけないような、とても重い出来事があったんだろう。そう想像すると、今詮索するのも気が引けてしまう。

『何かしてあげられることがあったら、何でも言ってよ！』

私が言うと、彼は昔のような無邪気な笑顔で「うん！」と返事した。




気がつくと、視界の端にあった雨粒と雷鳴は影も形もなく、真っ青な空から日が射していた。
< 20 / 24 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop