Smile  Again  〜本当の気持ち〜
俺は、野球を続けたい。いきなりプロから声がかかる選手とは、自分でも思えないが、大学で4年間、腕を磨いて、出来ればプロへ、くらいの野望は持っている。


だけど、その野球を俺はこれまで2度辞めようとした。そして、それを止めてくれた奴がいる。


と言っても、一度目の中学の時は、あいつとは離れ離れになっていた。俺の願望が、あいつの幻となって現れただけだったんだろう。


でも2度目は違う、あの時のあいつは間違いなく現実のあいつ。手を延ばせば、触れることも抱き寄せることも出来た。あいつは俺を救ってくれたんだ、あんなに突き放したことを言ってしまった俺を。


俺は野球部に戻った。俺は大切なものを失わずに済んだ、あいつの、由夏のお陰だ。


なのに、俺は言えずにいる。


「お前のお陰で、馬鹿なことをしないで済んだ。本当にありがとうな。」


当然言うべき言葉を。あいつはさすがに呆れ返ってるだろう。


だけど俺は決めたんだ。今度、俺が由夏に声をかけるなら、それはあいつに、自分の本当の思いを伝える時。そして、それはもう一度、甲子園出場をこの手で掴み取った時だって。


あいつは言った。松本先輩達の抜けた野球部なんて、見込みないから辞めちゃえって。無論、それはつまらない意地を張ってる俺に、本心を思い知らせる為に、わざと言った逆説的な言葉だということはわかってる。


だけど、俺には結構堪えた。俺はこれでも甲子園で2度、全国優勝を経験しているキャッチャーだ。多少の自惚れもあった。


でも、それはあんただけの力じゃない、松本先輩達が、あんた達を甲子園に連れてってくれたからじゃん。由夏にも世間にもそう思われていても、反論の余地もない。だって先輩達が抜けた途端、俺達は地区予選であっさり負けちまったんだから。


そして更に、偉大な先輩にビビって、俺は好きな女に、正面から向き合うことから逃げ回って来た。


その先輩が卒業した、もう怖い者はないなんて、あまりにもムシがいいし、我ながら情けねぇよ。


だから、松本先輩がいなくなった今、もう1度、甲子園出場をこの手で掴み取らない限り、俺には、あいつに気持ちを伝える資格すらない。俺はそう思っていた。


俺はやる。えっ、もし甲子園行けなかったらどうするんだって?最初から負けること考えて、勝負を挑むバカがどこに居る!


なんてね・・・。
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