Smile  Again  〜本当の気持ち〜
その時、俺は耳を疑った。例え、身内のイベント試合にしても、冗談にしては度が過ぎている。


「先輩、そんな無茶です。」


神がそう言うのも無理はない、俺だってそう思う。


「どうした、監督のコ-ルがあったんだ。早くポジションに着け。」


しかし白鳥さんはもちろんのこと、居郷さんまで全く動じずに、そんなことを言う。


「さぁ、行こうぜ。」


そんな中、道原が俺の肩を叩いて、元気よくベンチを飛び出して行く。


「先輩、いや監督。どうなっても知りませんよ。」


「ああ、とにかくもうピッチャ-はいない、気の済むまで投げて来い。終わらなきゃ、日没コ-ルドになるだけだ。」


平然とそう言うと、先輩はニヤリと笑った。


「諦めろ、俺は昨日の約束を果たしてもらってるだけだ。」


その言葉に、俺は唖然として、白鳥さんの顔を見つめた。二の句が告げなかったが、もうどうにでもなれという気持ちになった。


「わかりました。」


俺は小走りにマウンドに向かった。


「さぁ、来い!」


道原が大きな声で促してくる。人の気も知らんで、もう本当にどうなっても知らんぞ、俺は半分不貞腐れながら、投球練習を始めた。いい球が行く、その瞬間、ギャラリーからどよめきのような声が湧く。そうだろ、結構いい球投げるだろ、これでも元小学生チ-ムのエ-スなんだから。


でもこの後、どういうオチが付くか知ってる連中は、敵も味方も不安そうに俺を見つめている。チラッとグラウンドの外に目をやると、由夏がこれまた心配そうに、俺を見ている。あの醜態をあいつにまた見せなきゃならんのか・・・。


投球練習が終わると、道原がマウンドに駆け寄って来る。


「ああ、よかった。」


「何が?」


「だって、俺だけ出番なしかと思ってたから。」


「ミチ・・・。」


「どうせサインなんて出しても無駄だろうから、ど真ん中にミット構えとく。あとは目つぶって投げ込んで来い。」


そう言うと道原は、またミットで俺の肩をポンと叩くと、キャッチャ-ボックスに戻って行く。


そう言えば、忘れもしない、高校での初試合で、緊張して全くストライクが入らない沖田を叱咤しようと


『もう、ど真ん中のストレ-トのサインしか出さねぇからな。』


なんて言ったっけ。まさか高校最後の試合で、立場が逆になって同じような状況になるとは、思ってもみなかったな。


「そいじゃ、行ってみるか。」


腹を括って、俺は本当に目をつぶって、道原のミットめがけてボ-ルを投げ込んだ。これでいきなり目の覚めるような速球がミチのミットに吸い込まれて行った・・・なんてことがあればドラマだが、世の中そう甘くはない。


道原は右往左往、バッタ-はおっかなびっくりでひたすら俺の球から逃げ回る。ギャラリーのどよめきは、あっという間にため息に変わって行き、ランナ-が塁上に2人・・・。


(どうすんだよ、ホントに終わんねぇぞ。)


俺は途方に暮れながら、マウンドからベンチの白鳥さんを見るが、先輩は知らん顔。高校最後の試合で、なんでこんな惨めな思いをしなくちゃならんのか。先輩を恨みながら、俺は投球態勢に入った。
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