人魚姫
待合室に置かれた扇風機が首を振りながら漢方臭い風をおくってくる。
この前とは逆に午前の診療が終わるぎりぎり前のせいか、待っている患者は琉海だけで琉海が最後の1人のようだった。
相変わらず奥から医者のがなり声が聞こえてくる。
2度目にしてすっかりそれに慣れてしまった琉海は扇風機の前に立って声を出して遊ぶ。
「ア〜、ワレワレハ、ニンギョデス」
受付の女性が冷たい視線を琉海に送ってくる。
しばらくして琉海の名前が呼ばれた。
診療室に入るとちょうど町医者が腰に手を当てペットボトルに入った漢方を飲んでいるところだった。
「どうや、わしの漢方は効くやろう」
医者は琉海を座らせると琉海の顔をのぞき込んだ。
「顔色もええな、また同じの出すから飲みや」
ものの10秒で診療が終わる。
「あの」
琉海はもう行ってよし、と手で合図されたが椅子から立ち上がらなかった。
「なんや」
「この前あたしの後に診察してもらった男の人またあれから来てる?」
琉海は海男がどうしているのかがずっと気になっていた。
「なんでそんなことわしに聞くんや」
医者は扇風機の風を弱から強に変えた。
待合室にあったものよりもずいぶん古いそれはブーンと大きな音を立て始める。
首の振り方もなんだかおかしくてカクン、カクンと音がする。
「彼もあたしと同じようにお腹が痛いんでしょ」
「さあ、どうやったかな」
全開にされた窓で日に焼けた白いカーテンが風に煽られはためく。
「お爺さんは全部知ってるんでしょ」
「お爺さん?」
医者は大笑いする。
「爺さんちゃうねん、先生って呼べや」
笑ってかすれた喉を潤すように医者はまた濁った漢方を飲んだ。
まるでビールを飲み終わったようにぷはぁと息を吐く。
「あんた面白い人魚やなぁ、あれもそうやったなぁ」
医者は懐かしい目をした。