人魚姫
写真に写っているのは愛らしい女の子だった。
「可愛いやろ、わしの孫や、娘にもよう似とる」
長いこと町医者はその写真を見たまま何もしゃべらなかった。
深海の魔女は今でも医者のことを待っているのだろうか?
何度も逢瀬を重ねた浜辺で、いつの日かやって来なくなった町医者を。
暗い深海から微かな期待を胸に抱き急ぎ泳ぐ。
今日こそは、今日こそは来てくれると信じて。
そして今日も現れなかった待ち人をそれでも何度も何度も浜辺を振り返り、また暗い海の底へと戻っていく時の気持ちはいったいどんなであろう。
そうして何十年という月日が経った。
それでも深海の魔女は信じているのだろうか?
町医者がいつか自分に会いにやって来てくれると、まだ自分は愛されていると。
医院の外に出ると眩しい太陽が琉海に照りつけた。
お腹は空いていたが食欲はなかった。
それでもせっかく大阪に来たのだからと町を物色していると、大冴が買い込んでいたおはぎを売っている店を見つけた。
ひとりでは到底食べきれない量を買って、新幹線に乗り込んだ。
1つ食べてみるとさっぱりとした甘さでこれだったらいくつも食べれそうだった。
琉海は最後に町医者が言ったことを思い出す。
それはあまりにも衝撃的だった。
『あんたの想いを成就させる方法はあるで。陸の王子を見つけ出して殺すんや。あんたは人魚に戻る、そしてあんたの好きな人間の男にわしの作った薬を飲ませるんや』
そうすればあたしと大冴は海で暮らせる。
琉海はごくりと唾を飲み込んだ。
人魚が人間になると1年という命しか残されていないのに比べ、人間から人魚になった場合、人魚の平均寿命からすれば短命になるが、それでも数十年は生きられると町医者は言った。
琉海は医者から渡された小さな小瓶をポケットから取り出した。