人魚姫
——これから水族館に行こうか?
「水族館?」
うん、と海男はうなずいた。
——久しぶりに海の中を見たくない?
海の中……。
「見たい……」
海男はうなずいた。
水族館は海に浮かぶ島の中にあり長い桟橋から海に沈む夕日が見えた。
吹きつける潮風は夏の匂いがして、橋から夕日を眺めるカップルたちの頬を撫でた。
——それ持ってあげようか?
おはぎの入った箱に海男が手を伸ばす。
「ううん、いい、自分で持つ」
おはぎを抱きしめる琉海を見て海男は少し哀しそうにした。
久しぶりに見る海の中に琉海は感激した。
「うわぁーーーー」
大きな口を開けて水槽にへばりつく。
「ああ、やっぱり海はきれい」
中の魚が琉海に寄ってきてガラスを突く。
1匹、2匹、3匹、あっという間にたくさんの魚が琉海の前に集まった。
幸い平日の夜、館内はがらんとしていて水槽の前にいるのは琉海と海男だけだった。
——みんな琉海が海の姫だって分かるんだね。
琉海は耳をガラスに押し当てた。
「魚たちがなにか言ってるみたいだけど、なんにも聞こえない」
厚いガラスで水の中の音は完璧に遮断されていた。
——こっちはもっとすごいよ。
海男が琉海の手を取った。
ひんやりと冷たい海男の手に引かれて行った先は水の中のトンネルだった。
まさにそこは海の中だった。
琉海は言葉を失いトンネルの真ん中で立ち尽くす。
銀色の鱗の小魚たちの群。
ゆっくりと飛ぶように泳ぐオナガエイ。
数匹のイルカが琉海の頭の上をぐるぐると回る。
海が無性に恋しくなった。
今すぐにでも海に帰りたくなった。
そして、それと当時にこの世界を大冴にも見せてあげたいと思った。
大冴と一緒に美しい海の世界を眺めることができたらどんなに幸せだろう。