人魚姫
どれくらい琉海はトンネルの中にいただろうか。
「すっごーい」女性の声が聞こえて我に返ると1組のカップルがトンネルの中に入ったきたところだった。
トンネルの中は琉海とそのカップルだけで、どこにも海男がいない。
「海男?海男!」
琉海が慌ててトンネルから出ると小さな水槽の前に海男が立っていた。
琉海はほっと胸を撫で下ろす。
「またいなくなっちゃったかと思ったよ。海男はいつも急にいなくなっちゃうんだもん」
——楽しめた?
「うん、すっごく。本当に本当にここに連れてきてくれてありがとう」
館内にある軽食コーナーでハンバーガーを買った。
カードで支払いをしようとする海男に琉海はここは自分が払うと申し出る。
「あたしね、今すごいんだよ。琉海の店っていうのやってんだ」
ハンバーガーを食べながら琉海の店の話をしたあと琉海はふと疑問に思っていたことを海男に尋ねてみた。
「ねぇ、海男はどうやって生活してるの?クレジットカードとかスマホとか持ってるけど全部どうしたの?だって最初人間になったときはあたしと同じように素っ裸の一文無しでしょ」
海男の答えはシンプルだった。
——あのドクターに色々世話してもらった。
「なるほど、そっか。ねえ、前にあたしが海男から借りたコートあるじゃん、あれ誰の? 」
海男は少し考えるような素ぶりを見せた。
「ほら、最初に浜辺で会ったときに海男が着てたコートをあたしに着せてくれたじゃん、えむたちばなって刺繍のしてある」
——あれもお爺さんからもらった。
「あのコートはお爺さんのやつ?」
——そうだと思うけど、それがどうかした?
琉海は氷だけになったコーラをストローで啜った。
「いや何でもない、たちばなって名前多いんだねぇ」
氷を口に含む。
さっきトンネルに入って来たカップルが琉海たちの座っているテーブルの横を通りかかった。