人魚姫
「やっぱり元人魚だから人間の男よりも逞しいんだね」
琉海がそう言うと海男は海の男だからね、と力こぶを作ってふざけた。
2人で笑う。
「なんか大冴と未來と海男だったら海男が1番王子っぽいと思ってたけど」
——今は違う?
「うーん、王子ってなんかこうなよってしたイメージだったから」
海男は紙ナフキンに馬に乗った王子の絵を描いた。
手足が棒のように細くて風が吹いたら飛んでいきそうな薄っぺらい体をしている。
あははと琉海は笑う。
海男は絵の横に『陸の王子』と書いた。
紙ナフキンを持ち上げると左右に揺らしながら琉海に向かってやってくるまねをする。
琉海の顔から笑顔が消える。
「大冴は陸の王子じゃなかったよ、未來でもなかった、2人とも違った。陸の王子探し、ふりだしに戻っちゃった」
海男の顔からも笑顔が消えた。
イルミネーションを使ったイルカショーは夜の1番最後の回とあって、観客は多くはなかったがそれでも前半分の席はほぼ埋まっていた。
琉海は芸を仕込まれたイルカたちを見る気はしなかったが海男のイルカたちはそれを楽しんでるよ、という言葉に気を変えた。
赤や緑のライトがイルカたちを染める。
「あたしの糸は虹色なんだって」
水が跳ねてこないよう琉海たちは最後列に座っていた。
後ろ半分の席は観客はまばらで、琉海たちの周りには誰もいなかった。
——じゃあ陸の王子も同じ虹色をしてないといけない?
「うん、でもね、あたしもう陸の王子を探すの止めたんだ」
——どうして?
「あたし大冴が好き」
ひときわ大きな拍手がして1匹のイルカが高く飛んだ。
「あたし大冴が好きだから、もう陸の王子は探さない。海のみんなには悪いけど、それに海男にも」
海男が琉海の腕をつかんだ。
——だめだ。それじゃ琉海が死んでしまう。
「あたしもう嫌なんだ、伝説とか糸の色とかに振り回されるの。あたしは自由になりたいんだ」
琉海はそっと海男の手を外した。