人魚姫
「ごめん、だから海男の気持ちには応えられない」
そうだ。
伝説から解放されたのなら人魚の海男と恋をしたっていいのだ。
でも、琉海が恋したのは大冴だった。
3匹のイルカが同時に飛んでショーは終わった。
観客たちが散り散りになって水族館の中に吸い込まれていく。
琉海と海男だけが残った。
海男はずっと何かを考えているようだったが、そろそろ行こうかと立ち上がった。
2人は屋外の水槽の前にきた。
風が吹いていて少し寒い。
水槽には数匹のアザラシが泳いでいてすぐに琉海のそばに寄ってくる。
オメデトウ、オメデトウ。
アザラシたちは狂喜乱舞するように水の中を泳ぎまくった。
オメデトウ、海の姫。
「なんでオメデトウなの?」
琉海は身を乗り出した。
海の姫バンザイ。
——みんないよいよ伝説が叶うと思ってるんだよ。
琉海は後ろめたさでいっぱいになった。
「もう帰ろう海男」
オメデトウ姫、オメデトウ。
琉海は耳を塞いだ。
自分は伝説を叶えられない。
最初から伝説の海の姫だなんて重荷だったんだ。
未だに陸の王子さえも見つけ出せてないんだ。
あたしはだめ人魚だ。
海の姫バンザイ、陸の王子バンザイ。
琉海はその場から逃げるように駆け出した。
出口まで水槽を1度ものぞくことなくずっとうつむいたまま歩いた。
集まってくる魚たちが琉海を祝福しているかと思うとやりきれなかった。
——水族館来ない方がよかったかな。
帰り道の桟橋で海男が訊いてきた。
「ううん、そんなことないよ。すっごい楽しかった。海男ありがとう」
——じゃあ、また一緒に来よう。
琉海は海男を見上げた。海男の後ろに白く輝く月が見えた。
「海男、あたしは大冴が好きなんだよ」
——僕は最後まで琉海を守るよ。
「海男……」
海男の蒼い瞳が優しい。
琉海の胸がざわつく。
海男の手が琉海の頬に伸びてきた。