人魚姫
それを飲むと琉海は海藻を体に巻きつけ大きな珊瑚の枝にくくりつけた。
眠っている間に流されてしまわないようにだ。
姫によって人間に変化する時間が違うという。
早いもので3日、長くかかる者では3ヶ月間もかかるという。
琉海は目を閉じた。
琉海が最後に見たものは海をたゆたう1匹のエイの姿だった。
琉海の体はゆっくりと人間になっていった。
長い白銀の髪は短く黒くなり、瑠璃色の瞳は暗い影となり、七色の尾っぽはすらりとした白い2本の足になった。
姉たちは人間になった琉海を見て満足そうにうなずいた。
人魚の時の息を飲むような美しさはなくなったが、透き通るような白い肌や桜貝のような唇、潤んだ大きな瞳は十分に美しかった。
「さすがに海の美魔女ドクターね。胸の大きさも申し分ない」
琉海は男2人を助けた浜辺に立っていた。
「それじゃ姉さんたち行ってきます」
「頑張るんだよ琉海」
「何か困ったことがあればにすぐに浜辺に来なよ」
「うん、分かった」
「琉海、今度こそ一族を救って」
「じゃあね」
琉海は海に背を向け、すぐに振り返る。
「あのなんか着るものないの?」
「人間の服が手に入らなかったのよ」
「自力でどうにかして」
「あ!誰か来る」
姉たちは白い波を蹴って海へと潜っていってしまった。
小高い砂山をゆっくりと降りてきたのは1人の男だった。
濃紺の長いコートを足元ではためかせながら男はまっすぐに琉海の方に歩いて来た。
風と海しかないところで、琉海は隠れることも自分の体を隠すこともできず男と向き合った。
男は愛おしいものを見るように琉海を見つめた。
琉海もどこか懐かしいその目に吸い寄せられるようにして男を見た。
男は自分の着ていたコートを脱ぐとそっと琉海に羽織らせた。
「あの……」
琉海は男を見上げる。
琉海を見下ろす男の姿が遠い昔の影と重なった。
琉海を絡まった釣り糸から助けてくれた人間の影。