人魚姫
琉海は無心でおはぎを食べまくった。
たくさんあったおはぎは最後の1つになった。
最後の1つを手に取ろうとしたとき声がした。
「おい、俺のおはぎ、なんで食べてんだよ」
入り口に立っていたのは大冴だった。
スーツを着た大冴は今まで琉海の知っている大冴とは別人に見えた。
「大冴?」
「つか、おまえ警察に連れて来られるなんてまじあり得ねぇんだけど」
大冴は部屋に入って来ると、琉海の手のおはぎをもぎ取った。
「さ、帰るぞ」
大冴は琉海を立ち上がらせる。
「で、でもあたし」
「いいんだよ、もう」
警察署を出ると大冴はタクシーを止めた。
「どこ行くの?」
「俺んちだよ」
ここから歩いて15分もかからないのに、と琉海が言うと、「俺、疲れてんだよ」と大冴は息をついた。
深く座席にもたれると大冴はまた長いため息をついた。
「まったく警察から連絡が来てなにかと思えば、こっちは毎日仕事で忙しいっつーのに」
「大冴仕事してんだ」
琉海は改めていつもと違う大冴を眺めた。
「なんだよ、じろじろ見んな」
あっという間にタクシーは大冴のマンションの前に着いた。
車から降りると大冴は真っすぐに管理人室に向かった。
おまえも来い、と言うので琉海もその後に続く。
大冴は管理人室の小窓を乱暴に叩いた。
おずおずとねずみ色の服を着た男が顔をのぞかせた。
その顔には愛想笑いが浮かべられている。
あの、と大冴が言うとそれを遮るようにすみません、すみませんと頭を下げる。
上目遣いで大冴とその後ろにいる琉海を見る。
「以前にも同じようなことがあったんで、またかと思ったんですよ」
「今回は違うんで」
大冴はぶっきらぼうにそう言うと、行くぞ、と琉海をうながしエレベーターに乗り込んだ。
「前にも同じようなことって?」
点滅する光を見上げる大冴に琉海は尋ねた。