人魚姫
「す、すっごい」
窓際に歩みよりその美しさに見惚れる。
「このマンションは律が選んだんだ。この部屋から見える東京タワーがきれいだからって」
振り返ると大冴が1枚の写真を見ていた。
嵐の海で見たあの顔だった。
木の葉のように舞うヨットにしがみつき、琉海を食い入るように見つめたあの顔だった。
ただ写真の中の彼女は笑っていた。
大冴の横で幸せそうに微笑んでいた。
そして彼女の横の大冴も琉海が1度も見たことのないような優しい顔をしていた。
琉海の胸がぎゅっと締めつけられる。
「幸せそうだね、大冴も律も」
「律の笑顔はこんなもんじゃない。真人と一緒だったときの律はもっともっと何百倍も幸せそうな顔をしてた」
「大冴……」
「東京タワーが好きだったのは真人さ。真人が好きだったから律も好きだったんだ。律は真人が好きなものはなんでも好きになろうとしてたから」
「あたしはスカイツリーの方が好きだよ」
大冴は嘘つけと笑う。
「ほんとだよ、前は東京タワーの方が好きだったけど今は違う、今はスカイツリーの方が好き」
海男と一緒に上った東京タワー。
陸に上がってよかったと初めて思えたあの夜。
2人で見た夜桜。
海男との思い出が頭をよぎった。
「大冴の周りのみんなが東京タワーが好きでも、あたしは大冴が好きなスカイツリーが好きだよ、あたしは」
大冴に強く抱きしめられた。
息ができないほど強く。
大冴の心臓の鼓動が聞こえた。
琉海は目を閉じた。
大冴の炎の色をした糸、あたしの糸と繋がって。
大冴の哀しみが全部あたしに流れ込んできますように。
全部、全部、あたしが引き受けてあげるから。
あたしが死ぬときそれら全部持っていってあげるから。
「あたしは大冴が1番好きだよ。大冴には律が1番でも」
大冴の胸の中で琉海はささやいた。