人魚姫
琉海を抱きしめる大冴の腕に力が入る。
「あたしは2番目でもいいよ」
「そんなこと言うな」
大冴は叫んだ。
「2番目でいいとか言うな」
再び大冴は琉海をぎゅっと抱きしめた。
「もう少し時間が欲しい、そうしたら、ちゃんとおまえを1番にできるようになるから、でも今はまだ、まだもう少し時間が欲しい」
琉海は大冴の腕の中でうなずいた。
「うん」
胸のうちがかすかに震える。
「うん」
琉海は何度もうなずいた。
窓の外で東京タワーが琉海を哀しそうに見つめていた。
その夜琉海はなかなか寝つけなかった。
嬉しくて、嬉しくて。
何度も何度も大冴の言った言葉を思い出しては1人悶えて喜んだ。
このまま寝てしまって明日になると今日のことが夢だった、なんてことになるのではないかと本気で心配した。
今でも耳を澄ませば大冴の心臓の音が聞こえてくるようだった。
『ちゃんとおまえを1番にできるようになるから』
琉海は枕にしがみついて布団の中でのたうちまわった。
にしても、もう少し時間が欲しいの時間とはどれくらいだろう。
1週間?1ヶ月?まさか1年とかじゃないよね。
あたしにはあんまり時間がない。それに……。
嬉しすぎて浮かれすぎて、琉海は大事なことを忘れてしまっていた。
いや忘れていたと言うよりどこかで考えないようにしていたのかもしれない。
大冴が琉海のことを好きになってくれても、大冴と琉海は結ばれる運命ではない2人なのだ。
まさか大冴に好きになってもらえるなんて考えてなかった琉海は自分が死ぬことばかり考えていた。
でも現実には大冴は琉海に心惹かれ始めた。
そうなると欲のようなものが出てくる。
もしかしたら大冴と海で暮らせるかもしれない。
大冴は自分が人間でないと分かっても今と同じ気持ちでいてくれるだろうか?