人魚姫

 琉海が大冴に出会う前、大冴の唯一の心のより所であったかもしれない律を、沈んでいくヨットに置き去りにしたからだ。

 琉海がずっと感じている大冴への負い目。

 それを琉海は恋愛感情と勘違いしているのだろうか?

 律が真人を愛していたとしても、真人が死んでしまったあと、大冴と律は恋人同士だったのだ。

 いつか律の心は大冴のものになったかも知れない。

 その可能性を奪ったのは琉海だ。

 あんなに愛して欲しいと声にならない叫びをあげている大冴の、一番欲しい愛を奪ったのは琉海だ。

 もしかしたら大冴の炎の糸は、律に繋がっていたかも知れない。

 それを断ち切ったのは誰でもない琉海だ。

『どこに行きたいか考えておけよ』

 琉海に手を振る大冴はうっすらと笑みを浮かべていた。

 絶対に知られたくない。

 琉海が律を見殺しにしたということを、大冴には絶対に知られたくない。

「琉海ちゃん?」

 未來に触れられて琉海は我に返った。

「琉海ちゃん大丈夫?なんか顔色悪いよ。ごめん、僕が言ったことあんまり気にしないで、それに」

 未來はかがんで琉海に目線を合わせた。

「人を好きになるのに正しい理由なんて必要ないんだ。それに僕だって最初大冴が連れてる女の子にちょっとちょっかい出してやろう、ってな遊び心があったのは本当だし、良くも悪くも僕と大冴はいろんな面で競争してるとこがあるしね」

 大冴が今回本気で仕事を始めたことを未來は嬉しく思っているらしく、自分も猛烈に仕事してやる、とガッツポーズをとった。

 聞けば大冴の会社と未來の会社は、世間でいうライバル会社のようなもので、その跡取り息子である2人は——大冴の家の内情はともかく——大学時代から注目されていたらしい。

 律が死んでしまってからすっかり全てにやる気を失くしていた大冴が、今回ようやく復活したのを未來は喜んでいた。

「これも琉海ちゃんのおかげだね」

「おかげって、あたしはなんにもしてないけど」

 
< 131 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop