人魚姫
未來は大冴が仕事を始めたのは琉海の影響だと言った。
頑張って仕事をしている琉海を見て大冴は自分が情けなくなったのだと。
「あいつ元気になった。前までは死んだ魚のような目してたけど」
夕日が未來の顔を染めた。
「そろそろ引き際かな」
未來は微笑んだ。
「大冴も琉海ちゃんのこと好きだよね、見てたら分かる」
何か言わなければと、口を開きかけた琉海を未來は制した。
「だから最後に夜の街をかっとばそうよ、最初に琉海ちゃんと会った時みたいにさ」
未來は親指を立て、くいっと背後を指差した。
銀色のスポーツカーが主人を待つ犬のように2人を待っていた。
未來は爽やかな風のような人だ。
むうちゃんが未來の糸は新緑のような黄緑と言ったが、分かるような気がする。
もしかしたら糸の色はその人の性質も表しているのかも知れない。
未來の車は夜の街を疾風のように駆け抜けた。
街のネオンが流星のように流れていく。
光る魚の群れのトンネルをくぐって泳ぐ時の感覚と少し似ていて、琉海は声をあげて笑った。
未來も笑う。
未來ありがとう。
琉海は心の中で未來に囁きかけた。
あたしが恋したのは大冴だったけど、未來のことも大好きだよ。
一緒にいられる時間はあんまりないけど、それまではこんな風に一緒に笑っていたい。
そしていつか未來は未來と同じ色の糸を持つ運命の人に出会う。
あたしを好きになってくれた何倍もその人のことを好きなって、あたしを大事にしてくれた何倍もその人のことを大事にするんだろうね。
その人はとっても幸せだよ。
ね、未來。
みらいというあなたの名前。
あなたの未来はこの夜の街のようにキラキラ輝いている。
琉海はハンドルを握る未來を見た。
未來の顔は生き生きとしていて、やがてやってくる輝かしい未来に心を弾ませているようだった。