人魚姫
琉海は海男と行った水族館でアザラシや魚たちが琉海に集まってきた時のことを思い出した。

 海の姫バンザイ、陸の王子バンザイ。

 彼らはいつかまた広い海に帰れることを待ち望んでいた。

 海を知らない者たちはそれを知る者たちから聞かされたまだ見ぬ大海に憧れていた。

 彼らの期待を自分は裏切るのか?

 大冴が好き。

 ただその気持ちを貫くためだけに。

 今更ながら思う。

 今まで何度も思った。

 どうして自分は伝説の海の姫なんかに生まれてきてしまったのか。

 なぜ普通の人魚として生まれなかったのか。

 普通の人魚に生まれていたら、自由に海の中を泳ぎ回り、人間の食べ物をときどき盗んで食べ、恋など知らずとも幸せに生きていけたはずだ。

 陸に上がる前の琉海がそうだったように。

 いや、海男と出会って恋に落ちたかもしれないではないか。

 最初は琉海は大冴ではなく海男に惹かれていたのだから。

 人魚のままだったら琉海はもっと幸せだったはずだ。

 海男だって命を捨てて琉海を追いかけ陸に上がってくる必要もなかった。

 伝説さえなければ琉海は海で大冴と未來を助けたりなんかしなかった。

 伝説さえなければ律を見殺しにせずにすんだ。

 伝説さえなければ、律は死ななかったかもしれない。

 そうしたら大冴は哀しまずにいれたのに。

 伝説さえなければ、伝説さえなければ。

「伝説なんて誰も幸せになんかしない」

 琉海は叫んだ。

「だったら自分の気持ちを最後まで貫くといい」

 姉たちの声より一段低い艶やかな声がして琉海は顔をあげた。

 全てが透き通るように白く美しい人魚が目の前にいた。

 深海の魔女だった。



< 138 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop