人魚姫
「な、なに?それは」

「あなたの愛する男にあなたが憎まれることです。あなたの愛より男のあなたへの憎しみが勝てばいいのです」

 深海の魔女は琉海に短剣を握らせた。

「愛する男に憎まれ、何もなさずに1人死ぬか。それとも陸の王子を殺して男と共に生きるか、決めるのはあなたですよ」

 それが伝説の姫が陸の王子以外の男を愛してしまった定め。

「でももし陸の王子を殺せずに自分が死ぬことを選んだ場合、よく覚えておきなさい。男の憎しみがあなたの愛に勝らなければ男は死ぬのだということを」

 琉海は手の中の短剣を見つめた。

 深海の魔女と姉たちは琉海のその様子をじっと見守った。

 中には声に出さずに泣き出す姉もいた。

 琉海は頭を振った。

「これは返す」

 短剣を深海の魔女に差し出す。

「陸の王子は殺さない。あたし以外誰も死なない。大冴があたしを憎むように、あたしの想いの何倍も大冴があたしを憎むように仕向ける」

 琉海だめ、と口々に姉たちが小さく叫んだ。

 深海の魔女は目を閉じた。

 ゆっくりと息を吸い込みそして吐き出す。

 そして目を開けると言った。

「それではこの短剣は陸の王子に預けることにしましょう」

「深海の魔女は誰が陸の王子か知ってるの?」

 魔女は琉海の問いには答えなかった。

「あなたが誰が陸の王子であるか最後に迷った時、この短剣が印になるでしょう。この剣を持つ者こそが陸の王子です」

 そう言うと深海の魔女は海の中に身を鎮めようとした。

「待って!王子はやっぱり未來なの?」

「誰が陸の王子であるかをあなたに教えてあげることはできません。王子はあなたが探さなければならないのです」

 最後に陸の魔女は琉海に訊いた。

「あの人は元気にしてますか?」

 琉海が返事をするよりも早く、深海の魔女は海の中へ消えた。

 光の届かない深海から出て魔女が陸の近くまでくることは滅多にない。

 太陽の光に当たると死んでしまうと誰かが言っていた。

 だから魔女はこんな月明かりに照らされる波の間から愛を囁いたのだろうか?

 ずっと、ずっと昔。



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