人魚姫
「こんなあたしのことは置いといてどこかへ行って。大冴が行ってしまったように海男も行って」

 海男はますます強く琉海を抱きしめた。

 琉海の代わりに全身に雨を受ける海男の体には激痛が走っているはずなのに、どこからそんな力が出るのかと思うほど、強い力だった。

「海男ごめん、海男ごめんね、あたしのせいで」

 ——謝らなくていい。

 触れ合った体から海男の声が伝わってくるようだった。

 ——僕はいつでも琉海のそばにいる。

「海男、あたしを殺して。大冴にもっと嫌われるから、そしたら海男あたしを殺して生き延びて」

 海男の腕の中で琉海は泣くように囁いた。

——そうじゃない、僕が生きるためにはそうじゃない。

 琉海に、琉海を庇う海男に雨は容赦無く降り注いだ。







 それからしばらくして未來が琉海に会いにやって来た。

「久しぶり琉海ちゃん、大冴とはうまくいってる?」

 琉海は未來を用心深くうかがう。

「大冴から何も聞いてない?」

「何を?」

「あたしのことでなんか」

 ああ、と、未來は相槌を打った。

「琉海ちゃんには近づくなって言われた」

「それだけ?」

「うん」

 未來は大冴のその忠告をただの嫉妬だと勘違いしているようだった。

 またはあえて大冴はそう思わせるように仕向けたのかも知れない。

 自分の鱗の話をしても誰が信じよう。

 大冴も馬鹿ではない。

 未來にそのままを話したりしないのは当然だ。

 未來は琉海のアクセサリーを1つ1つ手に取り眺める。

「それにしてもどれもきれいだね」

「今度アクセサリー作ってるとこ見にくる?」

「え、いいの?見たい見たい」

 約束をすると未來は白い貝を1つ買って行った。

 未來は約束のことを大冴に言うだろうか?

 多分言うだろう。

 大冴に琉海に会うなと言われて、黙ってこそこそ会うような未來ではない。



 
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