人魚姫
コートの裏地にオレンジ色の糸で刺繍が施されていた。
M.TACHIBANA
「え……む、た……ちばな。これ橘さんとこのやつか?そう思うと確かに仕立てのいい高級そうなコートだなぁ」
お巡りは眼鏡をずらし上目遣いでじろじろと琉海を見た。
「どんな事情があるのか知らないが、とにかく橘さんのとこに送っていこう」
琉海はこれで病院は免れたとほっとした。
それにあの優しそうな男だったら絶対に琉海を悪いようにはしないだろう。
あの灯台男とは違って。
お巡りは琉海を助手席に乗せ、左手に浜辺を見ながらのんびりとパトカーを走らせる。
琉海は窓から体を乗り出して外を眺めた。
陸から見る海はキラキラ眩しいくらいに輝いていた。
道の反対側にはまばらに建つ家が海を見下ろしている。
「危ないからそんなに体を乗り出さないで」
琉海が素直に助手席に収まるとお巡りはそれをちらりと横目で確認した。
「それにしても橘さんとこは最近いろいろあるなぁ」
そう呟く。
琉海は首だけ90度横に向け海を眺める。
沖の方にヨットの白い帆を見つける。
琉海が助けた男たちが乗っていたヨットと似た形をしている。
助けた2人のうち1人は死んでしまったのか。
浜に横たわらせた時はまだ息があったような気がしたが。
女も死んだだろうからあの嵐で2人も死んでしまったのだ。
すごい嵐だった。
普通だったら3人とも死んだはずだ。
それを王子が1人だけ助けられるというのは、やはり運命のような気がした。
琉海ははたとあることを思いついた。
「お巡りさん!あたし思い出した!もう1人思い出したよ」
どうしてすぐにそれを思いつかなかったのだろう。
お巡りはよろよろと道の端にパトカーを止めた。
「ねぇ、お巡りさん、最近この浜で溺れかけた男の人いるでしょ?その人のところにつれて行って」
お巡りさんなら絶対に知っているはずだ。