人魚姫
あたしと一緒に大冴を海に連れてはいけないよ。

 あはっ、と琉海は笑った。

 胸には大きな岩が乗っているように重くて苦しいのに、なぜか笑いがこみ上げてくる。

 馬鹿なあたし。

 馬鹿な琉海。

 琉海は短い息をついた。

 大丈夫。

 もしあたしが死んでしまっても、大冴を道連れにするようなことはない。

 だって大冴の心の中は律でいっぱいだから。

 あたしへの想いはきれいさっぱりなくなっちゃたから。

 もうすぐ1年経つ。

 あたしが陸に上がった12月18日。

 このまま、このままで、その日が来るのを待てばいい。

「琉海ちゃん」

 気づくと未來が琉海の横に立っていた。

 未來は手に持ったコートをかがんで琉海の肩にかける。

「寒いよここは」

 そしてそのまま琉海を抱きしめた。

「あいつ馬鹿だ、大冴は本当に馬鹿だ。でも大冴は大冴で一生懸命なんだ。赦してやってくれるかな。あいつ今全然余裕ないから、大冴の代わりに僕が謝ってもいいかな。ごめん、ごめんね琉海ちゃん」

「未來があやまる必要なんてないよ。大冴も、誰もあやまる必要なんてないよ」

 琉海はわざと笑顔を作って見せた。

「悲しい時は笑っちゃだめだよ」

 未來はまた琉海を抱き寄せる。

「泣いていいんだよ、琉海ちゃん」

 未來の優しさに琉海は心が壊れそうになるのを必死で堪えた。

「人魚はね、泣かないんだよ、人魚は悲しんだりしないから大丈夫なんだよ未來」

 琉海はそしてまた笑顔を作った。

 未來は切ない顔をする。

「寒いからちゃんと着な」

 琉海のコートのボタンをかけようとしてふと、その手を止めた。

「これ、このコート、ちょっと見ていい?」

 そう言って、コートの胸元をめくった。

 M.TACHIBANA

「これ真人のコートだよね、前に見た時もどこかで見たことがあるコートだと思ったんだ。思い出した、これ僕の知り合いの店で真人が仕立ててもらったやつだ。大冴がくれたの?」


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