人魚姫
「でも大冴は」

——大冴には時間が必要なだけ。大冴は必ず心を開くから、大冴に必要なのは琉海だよ。

「でも、今の大冴を海に連れてなんて行けなし、あたしが人間でいられる時間はもうあんまりないよ」

 海男はメモの最後の1枚にペンを走らせる。

——琉海がずっと人間のままいられる方法がある。満月の夜、またここに来て。

 琉海は海男の言葉が信じられなかった。

 ずっと人間のまま?

 伝説の海の姫がずっと人間のままいられる方法などあるのか?

 そのとき風に乗って琉海の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 小高い浜の向こうに人影が見える。

 その影は琉海の方にまっすぐに向かってくる。

「琉海」

「大冴」

「おまえ、黙っていなくなるつもりじゃないだろうな」

「そ、そんなことは」

 そのつもりだったけど。

 大冴は琉海の腕を掴んだ。

「おまえ冷めてっ、ずっとここにいたのかよ、帰るぞ」

 そう言うと大冴は琉海を引っ張り歩き出す。

「あ、待って大冴、海男が」

 琉海は振り返る。

 海男はそこにいなかった。

 海男……。

 琉海は海男の言った言葉を思い返す。

——琉海がずっと人間のままいられる方法がある。

 琉海の手に伝わる大冴の体温。

——大冴に必要なのは琉海だよ。

 この体温をずっと感じて生きていくことができる?そんなことができるの?もし本当にそんなことができるのなら……。

 琉海は大冴の手をぎゅっと強く握った。

 どんなに幸せだろうか。

 運命は変えられるんだよ、琉海。

 海男の声が聞こえたような気がして、琉海はもう1度海の方を振り返った。

 そこにはただ冬の海が広がっていた。




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