人魚姫
別荘の空気はツンと冷えきっていて、1年前の空気が湿気を帯び重く漂っているようだった。

「ああ、うん、見つけたから、そっちは?うん、分かった」

 大冴はスマホを耳から離すと無造作にテーブルの上に置く。

「未來?」

「ああ」

 未來は律の両親と一緒にいるようだった。

「寒いな」

 大冴はくすんと鼻をすすると薪ストーブに火をつけた。 

 徐々に部屋の温度が上がってくる。

「何かあたし温かい飲み物作ってくるよ」

 琉海はキッチンの棚にココアを見つける。

 マグカップを2つ持ってリビングに戻り砂糖がたっぷり入った方を大冴に手渡す。

 サンキュと大冴は一口ココアを飲んで、うまい、と微笑んだ。

 大冴の顔を薪ストーブの火がオレンジ色に照らす。

「さっきは取り乱しちまって、それにあんなこと言って悪かった、おまえが律を見殺しにしたとか」

 ココアを飲もうとしていた琉海は手を止めた。

「ううん、本当のことだから」

「律のあの姿はさ、人魚がなんか関係してんのか」

「……うん、多分」

「それって」

 大冴には知る権利があると思った琉海は、今でも真人が海の底で眠っていること、海男が律を真人の元に運んで行ってあげたことを話した。

 真人の件に驚いた顔を見せた大冴だったが、律のところになると驚いた顔からひどく哀しそうな表情に変わり、そして最後は優しい顔をして何度もそっか、そっか、と呟いた。

「それと真人がやっぱり陸の王子だった」

 大冴は黙って深くうなずいた。

「って、ことはおまえは死ななくてすむってことだよな」

「……うん」

 琉海はうなずいたが、何かが引っかかる。

 琉海が陸の王子に恋する前に王子がすでに死んでしまっていることなどあるのだろうか?

 それだったら琉海は人間になる必要なんかなかったのだ。

「それじゃ、あとは俺が人魚になるだけか」

 ため息まじりに大冴は言った。



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